「あなたの街へと、急ぐ」
列車はわたしと彼女を乗せて、
あなたの暮らす街へと急ぐ。
あと数時間。
それでようやく、あなたに会えるかもしれない。
コルクボードからはがしてきたあなたの記事を、
彼女は興味深げに見ていた。
「有名なパン屋さんで、ベーグルを焼いているのね」
「子どもの頃からの夢だったから」
窓外の景色は、次々と流れてゆく。
あなたと過ごしてきた季節も、
こんな風に足早に過ぎていったような気がする。
ふたりの関係は、不確かなものだった。
あたりまえのように一緒にいても、
大切なことは、お互いなにも話さなかったから。
言葉より、今いることのほうが、
ふたりの絆を強くするものだと信じていた。
けれどそれは違った。
本当は、もっとたくさん、話したかった。
「着いたらどうする?」
彼女が尋ねてくる。
思えば彼女は、いつもわたしに質問をくれる。
あなたは、こんな風に話し掛けてくれたことは、
一度もなかった。
「一緒に、あの人のお店を探しましょう」
一緒に…。
一緒にいる、それだけでは何も変わらない親しさ。
到着した駅に掲げられたポスターの、
知らない顔で笑うあなたと目が合った…。
羽音高くわが回りまわってまひるの蝶 二つになって青空へゆく