「彼女」
手がかりが残っていた。
あなたが今、どんな街で過ごしているのか。
『あの記事のあの店はどこ?』
雑誌を頼りに調べて見れば、
回答はどこからも、こころよく返ってきた。
走り書きで記したメモは、
だけどわたしに、もう一歩の勇気をくれない。
だって、
あなたはわたしに、知らせてはくれなかった。
電話の向こうの街のざわめきも、
もう、あなたを描く材料にはならない。
なんだか悲しくなって、
ベーカリーショップにあなたの面影を探したくて、
あの丘を登った。
そのときだった。
ときどき出会うあの彼女が、
ベーグル片手に店から出てくるのが見えた。
走った。
彼女と話がしたくて、夢中で彼女を追いかけた。
走った。
追いつきそうで、追いつかない、それでも追った。
あと少し。
彼女が角を曲がる前に、角を曲がる前に…。
角を曲がったところで見失ってしまった。
がっかりしたわたしの目を、ふと覗き込む影。
「やっぱり、あなただったのね」
懐っこいまなざしに、ホッとする想いが染み渡った。
カラス鳴き雀さえずり人歌い 花の名残りの空は水色