「見送る人」
「いってきます。体に気をつけて、元気で…。」
そんな置き手紙だけを残して、あなたは出発した。
見送りすらこばむような朝もやの中を、
薄く残る細い月を頼りに、知らない街へと向かう。
あなたを突き動かす大きな夢が、
ここにいることよりも、街を飛び出すほうを選ばせた。
わたしは、夢に嫉妬した。
ピンクのひさしのベーカリーショップで、
あなたの作るベーグルをかじるのが、
わたしのささやかな楽しみだった。
新作ができるたびに、わたしに試食させては、
満足げに笑っていたけれど、
白い粉を頬につけながら、その心の奥で、
わたしの向こう側の未来を見つめていたのかもしれない。
夢を手にするために、違う場所を求める。
それは、大人になるために、きっと誰もが望むこと。
あなたも、自分の場所を見つけようと、
小さな店を後にした。
人はいつまでも、少年少女のままではいられないから。
これはさよならじゃない。
ほんの少し、離れている時間を過ごすだけ。
でも、それが永遠にならないとは、誰も約束できない。
なら、私は待つだけしかできないのだろうか。
残される者と、残してゆく者。
寂しいのはどちらも同じならば、
より強い一歩を踏み出したあなたにエールを送ろう。
いつか、再び出会ったときに、
あなたの前で誇らしいわたしでいられるように、
今はあなたの勇気を支えに生きる。
ひとときの孤独を、大切にして…。
川風や少女の後ろ髪ふっと吹けば はっとふりむくかがやかな瞳よ